2007年08月07日

『ウォーレスの人魚』が観たい!

週末地下鉄のフリーペーパーをもらって読んだら行定勲監督のインタビュー記事があった。そこには助監督時代の監督として必ず名前のあがる岩井俊二や林海象をリスペクトしているという話が出ていたのだけど、二人とも最近目立った活動してないよな〜と、改めて気がついた。二人とも好きな監督なんで、凄い残念。

特に岩井俊二は、小説になった『ウォーレスの人魚』を読んでから映画が観たくて観たくてたまらなくて、映画化を期待しているのだけど、もう監督の中では終わっているようで、『リリィシュシュのすべて』にエキストラ参加した時に監督にお願いしたら苦笑していた。

この『ウォーレスの人魚』は映画用にもともと書いていたせいか、本を読みながらも映像のイメージがガンガン出てくるし、ストーリーも面白いし映像化しないのは本当にもったいないと思っているのだけど。本には、石井竜也が監督した映画『ACRI』用に書き出したが、間に合わなかったとあとがきにある。しかしウィキで確認したら映画の原作は岩井俊二となっている。そりゃあ映画化を頼めば苦笑するよ。でも完全に書き終えた版の『ウォーレスの人魚』がやはり観たいものだ。それと題名もこちらのほうが断然いい。たぶん、脚本依頼で書いた作品だし、すでに映画があるから、時間を経てからでなくては映像化しずらいだろうけど、やはり岩井俊二自身で最終版の小説の完璧なストーリーを映画化して欲しい。

たぶん、現在は今までとは違ったことにいろいろ挑戦しているし、映画を撮ることとは別の方に興味がいっているのかなあとも思うのだけれど、また映画を撮って欲しい監督だし、せっかくの傑作ストーリー『ウォーレスの人魚』も映像化して欲しい。私の中では後になればなるほど、映像技術が進んで映像化しやすい♪と踏んでいるのだけれど。

ところで映画好きの私だけど、岩井俊二に初めて注目したのはインタビュー記事を読んで、その中の一文に惚れてしまったから。と書きつつもその言葉がなんだったのか思い出せないんだけど・・・。その惚れてしまった時と岩井俊二が63年生まれというのを知ったのも同時期で、まだ髪の毛も短かくて格好良かったし、憧れの先輩のような中学生に戻った感覚になって好きになってしまって、今も憧れの先輩のような気でいる。

その一文に惚れて岩井俊二に興味を持った時と、岩井俊二の映画特集をそこら中でやっていた時期が重なっていたので『ラブレターズ』を観たら凄く気に入ってしまったんだけど、なにしろ今まで観ないで損したと思ったぐらいの気に入りよう。なぜ観なかったのかというとこの映画は中山美穂が主役というのが嫌で観なかったんだけど、今となってはうまい配役だったと思うぐらい。それから『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』とか『undo』とか観れるものはどんどん観た。去年の『市川崑物語』のドキュメンタリー映画までの中で、まだ観ていない映画の監督作品はエキストラ参加した『リリィ・シュシュのすべて』だけだ。『スワロウテイル』のみ編集が間延びしちゃったなあと思うけど、後はどの映画も気に入っている。これだけタイプの違う映画をどんどん作っている監督が最近新作がないのはほんとに残念。

実は同世代の感覚を初めて感じた監督でもある岩井俊二なので、共感できることが多いし、一見少女趣味的なところもある作品でも、鋭いえぐさが加わるのが男性だなとも思う岩井俊二作品が、男性にも女性にも人気があるのは必然だなと思う。だからこそ、もっと映画を撮って欲しいとも思うのだけど。

そんなわけで、次の作品待ってます♪それから岩井俊二版『ウォーレスの人魚』熱望してます♪
posted by anne at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 1963年生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月03日

趣味を極める系・・・タランティーノ



クエンティン・タランティーノが映画のプロモーションのため来日中だ。タランティーノ好きなので新作を待っていたんだけど、この映画は観ないかなあ、私。個性派監督とかって、個性的すぎるところから、一般向けにマイルドになっていくのだけど(例えば、サム・ライミやペドロ・アルモドバルとか)タランティーノはその逆を行っている。たぶんこれも作戦なんだろうけどね。一般受けするもので金稼いで、好きなものを作るという。だから最近タランティーノの映画見てないんだよね。まあ最近あまり作ってないというのもあるけど。

タランティーノは初めて名が売れた時からオタクと言われていたけど、オタクだろうが好きなものも極めれば仕事としてやっていけるという見本が私の中ではタランティーノとみうらじゅんと、所ジョージ(オタク?)だ。三人に共通しているのは、好きなことしかやっていないし、趣味が加速して仕事になってきていることだ。羨ましい。

タランティーノは63年生まれなので、アメリカ人だけど世代的にも分かりやすいことが多いし、アメリカ人には珍しくというかいかにもオタクらしく日本映画にも詳しいのでその意味でもわかりやすさがある。が、もちろんそれはほんの一端で、実は香港映画からフランス映画から他のヨーロッパ映画から、世界中の映画を極めているところが流石!でもあるんだけど。しかももっと凄いところは、自分の視点での興味や面白さに自信を持っているところ。だから堂々とB級映画でも気に入れば気に入ると公言する。しかも、オタク視線だからか、そういう人がたくさんいて、メチャメッチャに貶された映画がカルト映画になっていたりすると、やはりオタクなんだなと納得してしまう。(スターシップ・トゥルーパーズとか)

以前ブルータスで一冊まるごとタランティーノ特集をやったことがあって、住んでいる家の写真もあったんだけど、本当にオタクなものだらけ。まあみうらじゅんの家のような普通の日本家屋の部屋の戸棚に集めた物が詰め込まれているのじゃなくて、高級感あふれていたところがハリウッド人かなあとは思ったけど。そういう意味では所さんに近い。所さんの家は高級感(ハリウッドとは違う感じだけど)があった。まあ集めている物のメインが車だから、嫌でも高級感が生まれるのかもしれないけど。

高級感はないにしてもみうらじゅんを含めこの三人に共通しているのは、楽しそうだということ。よく趣味を仕事にするときついと聞く。確かに趣味を仕事にすると、趣味が趣味でなくなるから、考えているほどいいものでないのは想像がつく。だが、例えば全然興味ないことが仕事になっていて面白くもないことを続けている人からすれば(私だけど)、やっぱり趣味が仕事に少しでも近い方がいいと思う。好きなことを仕事にすれば、全然好きでないことを仕事にするよりは、楽というか楽しいと思う。

この三人には及ばなくても、オタクで仕事が増えている人は多い。お笑いだと土屋だとかは随分ネタにしている。たぶん時代がそういうものを受け入れるようになっているからだと思う。私も極めりゃ良かった〜。なんでも中途半端なんだよね、私って。まあもちろんオタクを極めても、それをうまく表現していけなけりゃ、仕事にもならないけどね。

タランティーノの次回作、とりあえず期待しているよ〜。

posted by anne at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 1963年生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月01日

デビッド・ボーイ・ジョージ・マイケル・ジャクソン・ブラウン

ダイアナ妃没後10周年記念追悼コンサートの記事を辿っていったら、ジョージ・マイケルの最近の記事に行き着いた。ワム!復活か?と今年になって聞いたような気がするが、それについては書かれていないからやっぱり復活はなしか?残念。

ワム!もデビューの時から知っていた同世代ミュージシャンの一つ。しかも、外タレコンサートの初経験はワム!だったから、よけい思い入れがあるというもの。解散コンサートに行かなかったことをずっと後悔していたから復活したら行きたいと、ワム!ジョージ・マイケルまで一緒に行った友人と約束していたのだが。初コンサートは凄い興奮したし、感激だった。成人式直後で、着物で寒かったから風邪引いていたのに、コンサートで声の出し過ぎで翌日声が出なかったもんね。

コンサートの帰りはあまりにも興奮して、友人三人と当時人気のあった名前が名字になっているミュージシャンの名前を電車の中でどんどん繋げていったのを今でも思い出す。どんどん長くなっていっちゃったんだよね。終いにはこんな感じだ。デビッド・ボーイ・ジョージ・マイケル・ジャクソン・ブラウン。やっぱりあほだったな、私達。(でももうちょっと長かった気がするのだが、こんなもんだっけか?)

解散後ジョージ・マイケルのコンサートにも行った。フェイスの武道館コンサートの時は、双眼鏡で見ながら、サングラス姿のジョージがかっこいい〜と言いながら、サングラスをはずすたびに気持ち悪い〜とか騒いで楽しんでいた。足下見て、シークレットブーツ履いてる?とか言ったりね。

その後の東京ドームコンサートの時は、欧米のスタンダードナンバーしか歌わなくて、のれなくて嫌になっちゃったけどね。レコード会社ともめてるの知らなかいで行っちゃって、ジョージが嫌がらせに日本人の知らない歌ばかり歌ったとはあとで知ったんだよね。この時は友人が彼氏と一緒にドタキャンして、ダフ屋に売ろうとしたらダフ屋に拝まれちゃったぐらい人気がなくて(アリーナの前だったら買ってくれたらしい)、中に入ったらガラ空き。結局友人はその2枚分のチケットの弁償をしてくれなくて、それ以来その友人とはコンサート行かなくなった、つい最近まで。だってあの当時確か7、8千円ぐらいだったと思うけど、2枚で14千〜16千円を返してもらえなかったらきついでしょ。

まあその後ジョージにも私にもいろんなことがあったけど、毎年冬には「ラストクリスマス」を必ず聞くし、携帯を替える度に着歌にはワム!の歌を入れている。

去年にはジョージ・マイケルのドキュメンタリー映画も観に行った。久しぶりにアンドリューの姿も見たし懐かしかった。だけどあれって私みたいに今も興味持ってない人は見ないかなあ?って映画だったけどね。

しかしこの記事を見ると、いろいろ私生活のお騒がせばかりだったけど、またミュージシャン活動に入るのかな?またバラードでも歌って欲しいが。お願いだからきもいプロモーションビデオを作っちゃうような歌は止めて欲しいもんだけど。

ところで同世代とはいってもけっこう歳上だと思っていたのに、1963年の6月生まれで一つしか違わなかった。さっきウィキを見て驚いた。ありゃ〜。ってことはワム!で出てきたときってほんとに若かったんだ〜。

posted by anne at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 1963年生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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