2008年04月24日

80年代ミュージック・・・ロディ・フレイム

今、 myspaceにはまっている。マイスペのいいところは、色んなミュージシャンの曲がサイト内で聞けることだ。それに自分のページに貼ることも出来る。私はエドワード・バーンズのページを開くたびにかかる曲が好きになってしまったから、これはプロモーションには効果的だと思う。そんなわけで、マイスペにはミュージシャンの登録が多く、私も自分の好きなミュージシャンを捜してフレンドリクエストを何人もしている。そうするとなぜか、新人ミュージシャンからのフレンドリクエストが来るようになり、青田買いもできるようになる。

で、最近日本じゃ見ない洋楽アーチストを探してみたら、いるいる。うれしい。日本には情報が流れてこないけど、今も活躍している人がたくさんいる。そんななかにアズテックカメラもあったのだけど、検索の過程でウィキを確認したら、なんとヴォーカルのロディ・フレイムが1964生まれと判明。実はJ-waveで聞いて好きになってコンサートにも行ったことはあるんだけど、耳からしか入ってこなかった人なので、あまりプロフィールとか気にしたことなかったし、歳も全然知らなかったんだよね。

友達が随分前から知っていたんだけど、私は坂本龍一にブロデュース(93年)されて知ったぐらいで、80年代の活躍はあまり知らない。でもやはり80年代ミュージシャンなんだよね。アズテックカメラって。80年代が復活している今、アズテックカメラにも復活してもらいたいけど、中途半端な人気のグループだとそれも無理なんだよね、残念。

私はヴォーカルのロディの声に引かれたんだけど、顔も良かったロディ。しかし生で見たら足が短くてびっくり。それにヘビースモーカーで五反田の厚生年金会館でのコンサートのときは、何度も引っ込むなと思っていたら、しまいには禁煙の表示の下でギターにタバコさして唱ってたけど、あの声は健在だろうか?心配になる・・・と思ってもう一度検索したら、ロディ自身のマイスペを発見。声は健在。しかも以前は冷たい顔だったのに、今は味のある顔に変わっている。いい歳のとりかたをしたのかな?歌も今もいい〜。幸せだなあ。

もし、あたなも洋楽ファンで最近聞いてないアーティストがいたら、マイスペでの検索をお薦めします。私は他にも日本じゃ全然情報のないブラックも見つけて、ホクホクしてます。

あれれ?良く見たらロディ、2006年に日本公演をしていた!えっ、私のチェック漏れってこと?ショックだ〜。


ロディ・フレイム↓
http://www.myspace.com/theroddyframe

アズテックカメラ↓
http://www.myspace.com/azteccamera
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2008年04月22日

同級生同士は話がはずむ?山崎貴ゲストのトップランナー

今日のトップランナーのゲストは山崎貴。あら?この人同じ歳じゃなかったっけ?ってウィキでチェックしたら、やはり。もちろんトップランナー中も「3丁目の夕日」で昭和30年代の話をしていた時に、shihoが生まれた年代を聞いたときに司会の箭内さんと39年生まれで同級生だよね、なんて言っていた。もともと知り合いだったのか、同じ歳もあるのか話が弾んでいたように思う。

以前、山崎貴が同じ歳と知った時(確か去年ぐらい)も、えっ?そうなの?じゃあ「3丁目の夕日」撮影中楽しかったかもな〜なんて考えてた。だって堤真一も薬師丸ひろ子も同じ歳だもの。いやもちろんスタッフだってキャストだって、色んな年齢層の人がいるだろうからこの3人だけが同じ歳ということはなかったかとは思うんだけど、やはり主要キャストと監督は一緒にいる時間が長いだろうから、同じ歳なら話も合いやすくて楽しかったんじゃなかろうか?と思ったわけだ。

で、今日のトップランナーも話が聞きやすかったのもそのおかげなのかな?と思う。それって話を聞いてるこちら側でも聞きやすいなあと。たぶん同じ世代だと話に同調しやすくなるんだろうね。だって育ったときの時代感や背景感が同じわけだから、同じことを違う世代の人と話すときよりは、同調感があるんだよね、きっと。

今日の話で、山崎監督がVFXをやりたいと思ったきっかけを聞きながら、私はその頃何を考えてたんだろう?って思い出そうとしていたし。実は以前漠然と映画監督になりたいと考えていたことがある。だけど映画の学校があるのも知らなかったし、どうすればなれるかもわからなかった。当時、情報量も、何かを調べる方法も今と比較すれば圧倒的に少なかったし、誰に聞けば良いかもわからなかった。たぶんはっきり具体的に考えていれば色々調べたり人に聞けたり道は探しやすかったのかもしれない。だけど具体的じゃない漠然としたものでは、人にものを尋ねたりなんてできなかった。最初はただ映画が好き、ぐらいの意識だったから。でも今の時代に私が中高校生だったら、漠然としながらもとりあえず映画の学校に行ってみようかとか、こんな進路にしてみようとういうのを、色んな情報の中から探して決められたんじゃないかなと考えることがある。そうだったら、今の自分は変わっていたんじゃないか?と。

私がなぜ映画学校の存在に全然気づかなかったのか?自分でもよくわからないが、やはり田舎の無知な子供だったんだと思う。だって、うんなんも映画学校で出会ったわけだし、山崎監督もVFXの為に美術専門学校へ行ったんだから。みな地方出身でもちゃんと探し出していたわけなのに、私が見つけられなかった理由は、今思うとそんなことしか考えられない。

今日、山崎監督を見て感じたのが若い顔だなというのと、幸せそうということ。本人が生まれ変わってもまた映画監督をやりたいと考えているほど、合っている仕事なんだそうだ。そんな仕事ができるって幸せだよね。ほとんどの人がライスワークをしているのに、監督はライフワークをしているわけだ。だから表情もいい。職場の同じ歳の連中と比べるとその違いがよくわかる。うちの職場の連中はみな疲れた顔をしているから、私を含め。

そんな楽しんで仕事をして、その仕事がまた他の人を楽しませる。羨ましいです。

と、いつも以上にアトランダム過ぎる文でした・・・。
posted by anne at 02:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 1964年生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

キアヌむくんでません!



またまた、キアヌです。

この週末「ストリート キングス」の映画プロモーションのため韓国へ行っていたキアヌ。いい顔している。しかも身体もすっきり。実は昨日キアヌのファンサイトでむくみ顔で身体も緩んでいるキアヌの写真を見たばかり。いつも思うのだが、キアヌはどうやってそんなすぐチェンジできるんだ?たぶんそんなパパラッチ写真は、遠い過去の写真じゃないはずだと思うのだけど。

特にむくみの取り方はマジで教えてほしい。というのも私は子供の時からむくみ体質で、旅行写真の朝のものは、必ず目が一重で写真を撮られてた。それが子供ならまだかわいいし、回復力も早かったのだけど、最近は朝目が腫れていると一日腫れている。つまり一日中一重だったりするのだ、ほんとは二重なのに。

昨日そのパパラッチ写真を見ていたときに、キアヌもきれいと言われながらもやはり歳をとったなあと、うれしいやら悲しいやらを感じていたのだ。目尻にしわがあるし、瞼も下がり始めた?なんて。だって今キアヌがきれいと言われても、あの20代の頃のきれいさとは全然違う。あの頃はあんなきれいな顔をしてるのに虎刈りしたり、ボサボサ頭になったりで笑えたけど、今キアヌがそれをやるとほんとに路上生活者に見えちゃう(だろう)実際、路上生活者に見える写真を何枚も撮られているキアヌだし。

まあ、それでもキアヌはキアヌ。名前には一番簡単な呪らしく、昔は名前は隠して呪いをかけられないようにしていたものだったのは、日本の歴史に詳しい人はよくご存知だと思う。今もその名残で、日本では名前よりも名字が全面に出てくる。が呪は悪いものもあれば良いものもある。キアヌの名前の意味はハワイの言葉で、「山を吹き抜ける清らかな風」らしいが、それを毎回言われているキアヌがいつになってもきれいに見えるのは、やはり呪が効いているのでは?と思えるのだ。

posted by anne at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 1964年生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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